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旧上岡小学校

画像:旧上岡小学校 

 旧上岡小学校の創立は、明治12年(1879)で、明治22年に大子尋常小学校上岡分教場となり、明治25年に上岡尋常小学校として独立しました。明治44年には校地を現在地に移転し、順次校舎が建てられて現在の姿となります。昭和16年に上岡国民小学校となった後、昭和22年に上岡小学校となりました。大字上岡と大字山田を学区とし、創立当初の児童数は51名で、昭和35年には278名と最盛期を迎えますが、その後は減少を続け、平成13年に閉校となりました。閉校後は、地元の方により「上岡小跡地保存の会」が組織されて維持管理に尽力しています。近年は、ロケ地や期間限定のイタリアンレストランとして使用され、平成23、24年にはそれぞれ年間5万人近い来場者があるなど、積極的に活用されています。
校地は、国道461号線に面して、南には栃木県境から流れる押川が東西に流れています。地形的には、北の八溝山塊と南の鷲子山塊に挟まれ、山がちな大子町にあって比較的平坦地の多い土地柄で、南側を校庭として校舎を北側に配しています。明治43年築の第1棟は、寄棟造、金属板葺で、中央には切妻の玄関が取り付けられています。内部は、北側片廊下式で東西に4室が並び、東西に昇降口があります。第2棟は、切妻造、金属板葺で、第1棟の北側から接続されています。校舎前面を石積みで土留めし、高低差を利用して南面して建っています。昭和12年築で、現在は講堂と多目的室の2室としています。第3棟は、昭和38年築で、第1棟の東に南面して建っています。切妻造、金属板葺の北側片廊下式で、教室2室と保健室(現:厨房)を設け、北側には便所を接続しています。柱を添え柱として柱上部には方杖を入れるなど、構造的に強固なつくりとなっています。他にも第1棟西側には平成4年築の理科室、その南には昭和27年築の図書室があり、校庭東側には明治43年築の物置がありますが、これらは改造が多くあります。
各校舎は、平面構成や採光方法など、日本の近代学校建築の設計基準確立に最も大きく影響した明治28年「学校建築図説明及設計大要」をよく順守しています。茨城県下の小学校においては、明治期の校舎は県指定文化財・旧水海道小学校本館(明治14年)と旧上岡小学校第1棟の2棟のみで、地方における明治期の小学校の様子を伝えるものとして重要です。一方、第2棟や第3棟には、主に設備面や構造面での発展が見られ、学校建築の展開を示す上で重要です。一部で土台の腐朽や床の傾き、また第1棟玄関まわりには雨漏りがあり、所々に後世の改造も見られるものの、各校舎は現地で保存され全体的に保存状態は良いです。

 

  • 区分:その他の文化遺産
  • 種別:歴史的建造物
  • 員数:3棟
  • 所在地:上岡957-3

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